知能と幸福 0 (0)

人が同じ場面や状況・環境で幸福を感じるかどうか。これには大きな個人差があると感じます。わたしは比較的簡単に幸福を感じやすい方だと自認していますが、それは自覚して獲得した能力だと自負しています。思春期から青春期にかけては、 … 続きを読む

変化の時~ポストコロナに寄せて 5 (1)

何となく、不穏な空気を感じています。参議院議員選挙のせいでしょうか。あるいは巷に流れる南海トラフ巨大地震の噂でしょうか。ロシアや中国の動きのせいでしょうか。あるいは地球環境問題の深刻さをこの暑さで感じ取っているからでしょ … 続きを読む

「傾聴する」ということ 5 (1)

「傾聴する」ということ

今日、言葉の意味として頭でわかっていたことを、感情を通して「意味を体験した」と感じたことがあったので、今回はそのことについて書きたいと思います。 「私の世界に対する価値」は何か 1960年代~70年代にかけて、戦後日本の … 続きを読む

エンパワーメントと遺産 5 (2)

エンパワーメント

わたしたちは人間として生まれてきて、この社会で生きていくために必要なツールを幼児期の養護者から遺産として受け取ります。 特に、「困難にぶつかったときにどうすればいいのか」ということが、実は非常に重要な子どもたちに遺してい … 続きを読む

違いを見分ける力 0 (0)

違いを見分ける

人は誰でも、賢く見極めてよりよい選択をして生きていきたいと考えているのではないでしょうか。 わたしは時に欲に目がくらんで間違った選択をすることがあります。また、間違った思い込みのために間違った選択をすることがあります。 … 続きを読む

頑張っていること 0 (0)

頑張っていること

「アイデンティティが救いであり牢獄」という名越康文さんの言葉について、「理屈と心構え」というブログで書きましたが、牢獄になってしまったときどのようにして自分を自分の牢獄から救えるのかということを考えています。 原点はもっ … 続きを読む

他人は鏡とはどういうことか 0 (0)

他人は鏡とはどういうことか

前回の不寛容さが気になるという話が続きます。前回は他者との関係においての罪と罰ということを考えました。でも、わたしが本当に言いたかったことはもう一歩深くへ入ったところにあるのです。 わたしたちは「他人は鏡」だと言います。 … 続きを読む

罪と罰と寛容 5 (1)

罪と罰、許し

わたしが日ごろ感じる社会の閉塞感の中のひとつに、社会的・倫理的に「間違い」とされることをした人に対する不寛容があります。 でも、間違いは仕方のないことです。失敗も仕方のないことだと思うのです。 それをどう扱うのかというこ … 続きを読む

正しさの戦い~何のために戦うのか~ 5 (1)

それは何のためか

わたしたちはよく、どちらが正しいかという「正しさの戦い」によって、本来人間として生まれてきたら誰もが享受できる「豊かさ」や「平和」を、争っている相手とお互いに手離してしまうことがあります。 男女差別の問題にも、常にこの「 … 続きを読む

自由意思と人生脚本 0 (0)

自由意思と人生脚本

たびたび人と話していて非常にびっくりすることがあります。それは前回のブログ「理屈と心構え」にも共通している心構えに繋がる「世界観」の違いです。 人生脚本 交流分析という心理学のパーソナリティ理論のひとつであり心理療法の理 … 続きを読む