「傾聴する」ということ

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頭でわかっていることと、感情を通して腑に落ちることの違いを思い知ったことがあったので、今回はそのことについて書きたいと思います。

「私の世界に対する価値」は何か

1960年代~70年代にかけて、戦後日本のにわか中産階級インテリゲンチャはアメリカから来た『スポック博士の育児書』(詳細はWikipediaで)をお手本に、子どもの自立を促すことを子育てにおける最善としました。私の両親もその中の一人でした。

特に周りの同級生たちに比べ、わたしは自立することをいっそう促された方ではなかったかというように感じています。小学校低学年からお稽古事も歯医者も一人で行きました。当時周りにそんな子はいませんでした。お稽古事というのは子どものお稽古ごとについてきた母親たちが後ろから見ているものでした。

それがいいか悪いかは別として、おかげでわたしには強い自立心があるように感じます。大半の女性が何の疑問も持たずに専業主婦になっていく時代にレズビアンの自覚が9歳だったので、なおさら自立を意識していたと思います。10代にはあわよくば自分だけでなく恋人を養わなければならないかもしれないとすら考えてその方法を考えていました。

だから、わたしが持っている「私の世界に対する価値」のひとつは「自立していること」だろうと思います。その価値観の中で、自分に甘えを許さない気概があって、実際には甘えていたとしても、都合が悪いので自分では見ないようにしてきたと思います。そして、裏にはいつも「甘えたいのに甘えられない、甘えてはいけない」という思いを抱えていました。「甘えたい」という気持ちには20代後半で自覚しました。

「そうだね」の一言が云えない

30代のある日母と喧嘩をして、母に「あんたはどうして一言「そうだね」と言えないの?」と言われた瞬間から、本当にそうだなと思い、カウンセラーによる傾聴術などの本を3冊くらい読んだことがありました。

わたしが「そうだね」と一言云えれば平和に過ぎるものを、わたしはどうしても「そうだね」と言えなかったのです。客観的に捉えると、それはとても不思議なことでした。

傾聴さえできるようになれば「そうだね」と言えるようになると思い、傾聴を学ぶための本を読んだのです。おかげでちゃんと頭では傾聴の大切さはわかったのですが、実際の場面では傾聴の「け」の字も出ない自分にがっかりしてばかりでした。

40代後半で心理学を専攻して、再び傾聴の勉強をたくさんしました。アメリカの心理学者カール・ロジャーズの来談者中心療法(Wikipedia)を学んだし、グループワークで実際にやってみたり、聴く側の無条件の肯定的関心、共感的理解、自己一致の必要性についても、頭では非常によく理解していました。

でも、今日まで実感は何もなかったのです。

「わたし悪くないもん」

実感はないまま、ありのままを受け入れてもらえるということの意味や大切さを頭で理解していたので、そういう言葉を繰り出せるよう、共依存関係脱出応援団BotのTwitterアカウントやPom Squadアプリ(再開発滞っています)でアファメーションとして繰り返し目にする仕掛けをつくったりしました。

でも、ありのままを受け入れてもらえるように「努力していた」に過ぎなかったようです。

すごく頑張っているのにどうしようもないことを、「こうすれば、ああすれば」と言われたり、すごく後悔しているようなことを、正論で愚かさを指摘されたりすることは、「頑張っているのにできない事実」や「ガッカリしたり悲しかった出来事への後悔」で傷ついた傷に塩を塗られたように痛みます。

例えば小さな子どもが、大事にしていたコップを割ったとき「そんな大事なものをそんなところに置いておいたのが悪い」と言われたらコップが割れた悲しさを理解してもらえず、大事なコップを自分がわざと割ったと言われたように感じてしまうでしょう。

例えば小さな子どもが、頑張って練習したことを発表する当日に熱を出して出られなくなったとき「頑張り過ぎて疲れが出たから仕方ない」と言われたら、練習したことを発表できなかった悔しさを理解してもらえず、頑張ったのがいけなかったと言われたように感じてしまうでしょう。

小さな子どもでなくても、感情を受け止めてもらえないというのは、辛いものなのだということを、今日、とあることで感情的に理解しました。

だから、わたしが以前書いた「頑張っていること」は間違っています。単なるアイデンティティの問題ではなく、先に自責の念があって感情的に傷ついている時に、理論的に落ち度や責任について問われることの苦痛を、たとえ善かれと思ってであったとしても、言われたら辛いのです。それは、感情としてつらいということであって、アイデンティティだけの問題ではありませんでした。

ひとりの部屋で「わたし悪くないもん」と叫んだ瞬間、自分自身が自分の言い分を聞いてあげたような感じがしました。 「わたし悪くないもん」 は自分に禁じていた言葉でした。言っても誰にも理解されないと思い込んでいたし、それを言う自分を子どもっぽくて恥ずかしいとすら感じていたようです。

この瞬間のことを言葉でうまく表現することが難しいのですが、「そりゃそうだ、無理もない」と自分に寄り添ってあげられた感じがしたと同時にやっとわかってもらえた気がしました。

これが本を何冊も読んでわたしが母にしてあげたかったことでもあり、今はこうしてあげられたらどんなによかっただろうと思います。頭でっかちで解決できずに無理な方法を選びました。

ブログ「いい人」に書いたように、他者との関係で、納得と合意が得られる着地点を上手に見つけられるようになりたいと願ってきましたが、やっとそのスタート地点に立てた気がします。ただ、その母はもうあちらの世界に行ってしまいました。

自分に厳しく、父の愚痴を言っては愚痴を言う自分を責め、娘には口うるさく自立を促しながら、自分が自立できないことを認めて病んで老いていく母を見ているのが辛かった。わたしは母の愚痴を上手に聞いてあげられなかった自分を責めていました。

そりゃそうだ、無理もない。自分に寄り添えていなかったわたしが、寄り添うということがどういうことかわかるはずもなかった。

ロジャーズさんの言葉を借りるなら、わたし自身が聴く側として自己一致していないのだから、無条件の肯定的関心、共感的理解などできなくて当然だったのです。自分に寄り添えていない割にはずいぶん頑張ったものだとほめてあげよう。

アディクション

アプリなどテクノロジーを使った装置を作ればいいと考えた理由がもうひとつありました。それは、新たな共依存関係を築くことの不安から、他者の心の問題に直接関わりたくないし、関わるべきではないと考えていたからです。

アメリカの脳科学者ジル・ボルト・テイラー(Wikipediaは英語しかないので、著書『奇跡の脳』を読むYouTubeでTEDのスピーチを見てください。)によれば、脳は4つの人格を持っているように働く(最新書籍;Whole Brain Living(和訳なし)より)のだそうです。ボルト・テイラーさんは左脳の後頭葉が生存のための危機感と依存に関わっていると言います。

わたしが恐れていたのは、「わたし悪くないもん」を聞いてあげると、何でも鵜呑みして許してくれる人になってしまい、また共依存のような関係ができてしまわないかという心配でした。共依存の仕組みはわかっていたのに、出口がわからずにいたのです。

もちろん、仕組みはわかっていたので、この場合わたしが依存することを懸念していたのは相手ではなく自分です。相手が依存してくることを望んでしまうという依存を持つわたしのことでした。

でも、それが杞憂であることも同時に悟りました。本当に受け止められて昇華した感情は、戻ってくることはないようです。だから、わたしはもう甘えたいのに甘えられない気持ちを他人を甘やかすことで満たそうとすることはないでしょう。

相手を尊重するということは、自分の尊重のしかたを本当にわからないとできないことなのだということを、感情的な体験として理解することができました。まだまだ慣性の法則で違う方向に行ってしまうこともあるでしょうけれど、以前よりはずっと何とかなるという気がしています。

ここにたどり着くには、実は今回の悟りに繋がるもうひとつの悟りが必要でした。

それはユングの「自我」と「自己」の違いを理解したことと、その認識に基づいて「集合意識」と「意識」の違いを理解したことの前提がありました。この題材について詳しくは別のブログで書きたいと思います。その内容が誰かの理解に役立つといいなと思うので、今回と独立した形で書こうと思います。




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