変化の時~ポストコロナに寄せて

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何となく、不穏な空気を感じています。参議院議員選挙のせいでしょうか。あるいは巷に流れる南海トラフ巨大地震の噂でしょうか。ロシアや中国の動きのせいでしょうか。あるいは地球環境問題の深刻さをこの暑さで感じ取っているからでしょうか。

落ち着かない気分の中、この数日間を過ごしていました。

啓示

わたしは予言者でもないし何の学者でもなく僧侶やグルや霊能者でもありませんが、時々啓示のようなものを受け取ります。今日はふと、わたしが感じていた不穏な空気の正体を知りました。

世界で起きている表面的な出来事ではなく、それらの深層で起きていることについてです。

先日アメリカでは保守派が中絶の権利の合憲性を覆しました。この流れに乗って避妊の権利や同性間の婚姻の権利を認めた判決も覆していこうとしています。学校の中でゲイと言ってはいけないという州の法律を通した州もあり、中間選挙を前にこうしたリベラルな意見を保守的なもので塗り替えようという動きがアメリカで起きています。日本でも同性婚の是非が争点のひとつになっていますが、世論に関係なくある政党では反対されています。また、争点のもうひとつである改憲については、自民党の改憲草案を見ると明らかに戦時体制を敷く準備をしているようです。わたしは数年来ライターとして受けている戦争体験をまとめる仕事で、どのように日本政府が国民に対して法律を使って一億総勢玉砕という方向へ仕向けていったのか学んでいます。そのため、そういうことが二度と起こらないように書かれた憲法の部分が全部書き変えられようとしている意図よくがわかります。戦時体制下になると個人の権利よりも集団の維持が大切になります。ロシアとウクライナの戦争の下でも個人の命よりも国家を重んじる傾向が見られます。個人の命を守るための国家を守るために命を賭けろというロジックです。個人の自由とその権利は国家の統制には邪魔になるものです。公正な情報から遮断し、脅したり、持ち上げたり、あるいは人が大事にしているものを使って、国民を思い通りにしようとします。

啓示的に、これらはモラハラのロジックと同じだと気が付きました。モラルハラスメントとは、相手が大切にしているモラルなどの価値規範を利用して、ハラスメントを行うというものです。ハラスメントの目的は相手を思い通りにすることです。

仕組みの話は「悪意の善人あるいは善意の悪人」「思うツボとモラハラ」に書いたので、何が目的で保守へと世界が流れているのか、そんな中どのように心の平和を取り戻すのかということを書いていきます。

変化

新型コロナウィルスの感染拡大による大パニックが収まりましたが、この間ある意味わたしたちは大きな価値の転換を体験したと思います。これまで当たり前だと思っていたものを失っても、何とかなってしまうということです。

例えば、わたしたちはその場所に行かなければならないと思っていましたが、会社に行かなくても仕事はできたし、会場に行かなくてもイベントに参加できました。ITやAIやパソコンや機械に疎くて苦手意識が強くても、Zoomで会議ができ、キャッシュレスに対応でき、何とかできるようになって以前より苦手意識はあっても機械を触って失敗することを恐れなくなった人も多いのではないでしょうか。むしろその便利さや楽しさを知った人もいたことでしょう。

新型コロナウィルスがもたらしたものは、病気や死やそれに対する恐怖だけではなく、社会の在り方の変化や価値観の変化ではなかったでしょうか。

当たり前だと思っていることが変えられると体感するのは、この世界に行き詰まりを感じているタイプのわたしのような人間にとっては非常にエキサイティングなことです。

例えば、頭脳労働も含めた労働がロボットやAIに取って代わられると、わたしたちはやることがほとんどなくなり、毎日クリエイティブに遊んで暮らせるようになると思います。誰もやりたがらない辛いきつい仕事を人間がお金のためだけにやる必要がない世界では、お金の価値も下がることでしょう。ゆくゆくは貨幣経済も不要になるでしょう。そんな社会を創造するととてもワクワクするのですが、人によっては想像もつかない恐ろしい未来のように感じられるかもしれません。

一方で、人は「どうせ変えられない」と思っているようなことがあると、無気力になってしまいます。これを心理学では学習性無力感といいます。

「ものごとはそう決まっているのだから仕方がない」とか、ただ単に「どうやってそれを実現するのかわからない」とか、「そんなこと想像すらできない」と思っているので、たとえ「そんなのおかしい!」と心の奥底では思っていることを、ちゃんと働きかけて変えることを諦めてしまうのだそうです。

しかし、ちゃんと調べてみると必ず先輩の中に誰もが不可能と思っていたことを可能にした人たちがいるものです。諦めるのはまだ早いです!

ではなぜ、わたしたちは早々に諦めてしまうのでしょうか。

脳の能力

以前「「傾聴する」ということ」でも紹介した、神経解剖学者であるジル・ボルト・テイラーさんは、自身が脳卒中に襲われて左側の脳の機能を失いました。8年の歳月をかけて失われた左脳の機能を取り戻していったのですが、その中でそれぞれの脳の部位が担っていた能力について、解剖学者として内側から考察することができたのだそうです。

脳には4つの役割分担があり、左右それぞれに思考脳と感情脳があるとボルト・テイラーさんは言っています。

左側の前頭葉はマネージメントの役割を担っており、言語・自他の境界・直線的な時間をつかさどっているそうです。左の思考脳には編集能力もあり、この編集能力は非常に便利で、似たものをグループ化して傾向を理解したり、それぞれバラバラに起きた出来事からパターンを読み出して対策を立てたりすることができます。自他の区別もここで行いますので、私vs.他人という把握もここで行っています。

この能力が行き過ぎると害となることがあり、そうなったときの呼び方が「バイアス」ではないかと思います。偏り、偏見です。人に対する偏見は行動に移すと差別と呼ばれます。

左の感情脳には危険を察知し警戒する能力があります。これは左の後頭葉で行います。爬虫類脳といわれることもあるこの脳は、危険を察知し警戒し身を守るためにあるので、刺激に対して反射的に作用するそうです。

この能力が行き過ぎるとこちらも害になることがあり、そうなったときには怖いものだらけになってパニック症状など心身に症状を発症したり、不安から逃げるためにアルコールや薬物への依存へとつながるそうです。

いい面としては、この身を守るための反射能力と身を守るための区別編集能力があると、過去の経験から危険をより早く察知することができたり、損をする場面を早々に回避できたりするのだそうです。

ワクワクとビクビク

新型コロナウィルスによってもたらされた「当たり前と思っていることが簡単に変わってしまう」という実体験は、この危険と損を回避したいという能力に長けた人たちにとっては、危機感と不安でしかなかったことでしょう。一日も早くコロナ前の日常が戻り、うんざりしてはいたものの、片目をつぶってでも生きていけるような慣れた状態に戻りたいと願った人も少なくなかったと思います。

新型コロナウィルスがもたらした不安と恐怖そのものだけでなく、生活の突然の変化にも不安を覚えた人が多かったのも確かで、慣れない生活様式の変化に店先で怒鳴り合いが起きたりしていました。

このように、左脳だけでは警戒と不安に知っていることだけで対処するため、限界があるのです。また、未知のものに対してそもそも警戒しているので、変化を嫌います。さらに、左脳だけで太刀打ちできないとなれば、意欲を失い諦めてしまうようになるというわけです。

一方で、これをビジネスチャンスと捉えて新しいシステムや新しいサービスを考え出した人たちもたくさんいました。

こうした変化にビクビクした人たちと、ワクワクした人たちは何が違ったのでしょうか。

ボルト・テイラーさんによれば、右脳の機能と関係があるようです。

右脳の使い方

ボルト・テイラーさん曰く、右脳には左脳と同じように思考脳と感情脳があります。脳卒中によってボルト・テイラーさんはこちら側だけが機能する状態になってしまいましたが、それはむしろ子ども時代のトラウマの記憶もなく、生きていることがただただうれしく、感謝の念と仲間意識と宇宙の大きさほどに自分を感じるという、素晴らしい体験だったと話しています。

右の思考脳は時空や自他を超えて全体をとらえる能力があるのだそうです。瞑想やマインドフルネスの状態でとらえられるような世界観の中に居るとボルト・テイラーさんはいいます。

また、右の感情脳はいろいろなことに対する好奇心と、「いま・ここ」を感じる場所だそうです。この感情脳には自他の区別がなく、喜びに満ちているということです。

それまでボルト・テイラーさんは批判的だったりガミガミカリカリしていたそうで、だからこそハーバード大学で研究するほどの地位についていたとはいえ、それは左の脳ばかりを使っていて、右の脳をあまり使っていなかったのだということを思い知ったようです。

瞑想やマインドフルネスによってもたらされるのは、この不均衡を取り戻す作用のようです。いわば危険にさらされた経験や失敗で損した経験から、多くの人が警戒モードを外せない状態にいるとボルト・テイラーさんは自らの経験に照らして考えているようです。

彼女の方法を簡単に紹介しますと、BRAIN Huddle(Hullde=ちょっとした打ち合わせ、集合)を習慣化させることを提案しています。まず、脳の4つの部位にそれぞれキャラクターに合わせた名前を付け、何かパニックが起きそうなときに集合をかけます。BRAIN Huddleの内容は、呼吸すること「Breath」、どのキャラが集合をかけたのか気づくこと「Recognize」、集まったすべてのキャラに感謝すること「Appreciate」、それぞれの意見を聞くこと「Inquire」、どのキャラが中心になってことを運ぶか決めてことを進める「Navigate」という頭文字「BRAIN」のHuddleなのだそうです。

詳しくは彼女の新著『WHOLE BRAIN(ホール・ブレイン) 心が軽くなる「脳」の動かし方』(日本語版なし翻訳出ていました。楽天ブックスのリンクは下にあります。)に、4つの脳のキャラクターの説明と具体的な方法が書いてありますので是非読んでください。

変化はコロナだけではなかった

コロナだからいろんなことが大きく変わったのかといえば、わたしはそうではないと感じています。変化はすでに起きていたのだと思います。これからもっと変わっていくであろうことが何となく感じられていました。ところが、揺り戻しが大きく起きています。バックラッシュ自体は悪いことではないと思います(詳しくは「バックラッシュにもいい面がある」を参照してみてください)が、非常にあからさまな引き戻しが行われようとしている感があります。

変化にしり込みをする気持ちがわからないわけではありません。わたし自身何年も前からやりたいと思ってきたペーパードライバー卒業をコロナをきっかけに実行に移しましたが、コロナと父の認知症と母の死と父の一人暮らしという背景がなければペーパードライバー講習のサイトを何年もブックマークしたままでやらなかったのは、変化にしり込みしていたからにほかなりません。

車の運転できたほうがよいだろうというのは、母の病気が酷くなった2009年に退院する母をタクシーで家まで一緒に送ってから何となく頭の隅にあったことでしたし、母が亡くなる前の2018年ごろから父の認知症が酷くなっていることは認識していたし、母が先に亡くなれば父が認知症で一人暮らしとなることもわかっていたことでした。

大きな変化が近づいていることは、ちゃんとわかっていたのに何となくしり込みしてみないようにしてきたようなところがあると思います。変わらなければならないときに変われないと、状況の方が変わることを強要してくると思っています。変化に合わせて変わることを選ぶのか、変わらされたと感じる方に残るのかという瀬戸際なのではないかと思います。そのあたりのことは「「私」が変わる時」に書きましたので、よかったら読んでください。

バックラッシュを起こしている世界の保守派の動きは非常に意図的です(作為的と書きたいところですが、良かれとしていることでしょうから意図的としておきます)。このブログをはじめたのは2017年のことですが、その1年前から#MeTooや#Time’sUp運動が始まり(「テイラー・スイフトのセクハラ裁判」)、女性の権利の認識は大きく変わり始めていました。性的ないたずらをされた女の子がおとなしくしているのは当たり前ではなくなったし、性別が男女しかないのも当たり前ではなくなりました。男でも女でもない、男でも女でもあると感じていた人たちが、ジェンダーレスとかXジェンダーとかノンバイナリーという認識を広めてきました。

覆水盆に返らず

男が強く、経済のほとんどを動かし、戦争では勇ましく戦い、命を賭けて愛する人を守る、だから弱い女は家におとなしく待ち、生活環境を整え、黙って男に傅いていればよい、という価値観は終わりかけているのではないかと思います。

確かに、所有物の多さや金銭のたくわえの多さで人間の価値に上下優劣があると信じている価値観の社会では、殺し合ってでも上にのし上がり安心と安全と豊かさを享受したいと思うのかもしれません。本当に平和を殺し合いの結果として得ることができるとするならば。

残念ながら、殺し合いが平和をもたらすことはありません。

No problem can be solved from the same level of consciousness that created it.
どんな問題も、それをつくりだした同じレベルの意識によって解決することはできない。

Albert Einstein アルバート・アインシュタイン

戦争を仕掛けられないように戦争できるようにすることで戦争を回避できるとならば、すでに世界平和は2回も行った世界大戦で適っているはずです。

残念ながら、戦争によってもたらされる平和はないようです。

The definition of insanity is doing the same thing over and over again and expecting a different result.

狂気の意味とは、同じことを何度も何度もやっていながら違う結果を期待しているということだ。

Albert Einstein アルバート・アインシュタイン

そして残念ながら、制度や戦争や無理強いやウソやごまかしやにおわせや脅迫や羞恥心や罪悪感の煽りをいくら行っても、変化することから逃れることはできないようです。

今の権力と富を手に入れた階層の人たちが、まるで自作自演の危機を作り、怖がらせて変化しているという事実を覆い隠し、何かを思い通りにしようとしているかのように見えるのは、わたしの感覚が偏っているからでしょうか。そして保守、何かを守るという大義名分を出してみせて不利な条件を納得させようとしているように見えるのも、わたしがモラハラに遭って人間不信に陥って素直さを失ったからでしょうか。

でも、変化してしまっているのはどうしようもないし、それを放ったところで恐れているような国家の崩壊もアイデンティティの喪失も起こらないはずです。

むしろ、何かに怯え、何かをごまかし、人を威圧して蹴散らし、ついた嘘を上塗りし続け、ついた嘘のつじつまを合わせるために奔走し、ついた嘘を一時も忘れられずにぼろを出さないように警戒し、口裏を併せさせるために人をどんどん巻き込み、手に負えなくなったら口を暴力的に封じるのでさらに何かに怯えることになる、ということから解放されるだけだからです。

でも、人を外から変えることはできないし、説得は常に逆効果だけれど、変化の波もあるのは事実ですから、起きていることに腹が立ったり不安になったときには、BRAIN Huddleをやりながら他の人にも広めながら、心穏やかに状況が変化を強制するのを待つしかないのでしょうね。

その前に核兵器で地球が壊れてしまいませんように。


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