個と集団

0
(0)

父が老人ホームに入り、約2週間が経ちました。4月の頭に介護度が上がったことを受け、デイサービスの通所を週2回から3回に増やそうとしたところ、混乱した父から電話がかかってきました。本人の口から「もう何が何だか分からなくなってしまったから、施設に入りたい」と聞いたのをきっかけに、やっと動き始めました。でも、そう自分が言ったということすら忘れるのはわかっていました。案の定、ホームの下調べなどをしている間に忘れてしまい、説得して連れていくことすらできるかわからない状態でした。

ホームが決まって何とかショートステイすることに納得してくれたのもつかの間、3日後には「やっぱりそんなところには行きたくない」と言い出しました。その数十分前には「そこに行ったらもううちに帰りたくなくなっちゃうかもしれない」とまで言っていたのに、です。気持ちはよくわかります。「うちに帰りたくなくなる」と自分で言ってしまって、自宅に帰らないという選択肢と可能性があることに気がついたのだと思います。実際、体験入居のあとそのまま居てもらうつもりだったのだから、帰りたくなくなってくれたらそんなに楽なことはないなと思った矢先でした。

そのあとはショートステイに行こうと誘うことも、荷造りすることも、父の行きたくない気持ちを頑なにしてしまうことが目に見えていたので、意図的で嫌だなと悩みつつ、当面の着替えや必要なものはすべて買うことにし、特に何も言わずに準備を進め、当日は大好物のトンカツを食べに行こうと車に乗ってもらい、老人ホームへの道すがらにあるトンカツ屋に行き、そのままホームへ向かいました。

父の一人暮らしがもう無理だということは、本当は本人が一番実感していたことなのだと思っています。病気で体が思うように動かない母と、認知症で頭が思うように動かない父が、老々介護という状態で助け合って自立した暮らしを確立していたのを、わたしは母が最初の入院をした13年くらい前から気がついていました。だから、母の病気が酷くなって最後の入院をしたとき、もしも母が寝たきりで退院してきたら、父にその介護は無理だと考えていました。

母の最後の入院が始まって、父の認知症がはっきりとわかるようになりました。父は母の入院先の病院に電車に乗ってたどり着くことができませんでした。病院の名前も駅名も覚えていられなかったのです。父と母は二人三脚で、お互い一人ではできないことを補い合ってきたのです。父がMRIなど検査を受け、アルツハイマー型認知症と診断がついたのは母が亡くなる2カ月ほど前でした。

2019年10月に母が亡くなってから2年半ほどの間、何度か弱音を吐きながらもよく一人で頑張ったと思います。コロナの影響などもあり、一人で誰にも会わない時間があったりした中、認知症は進行していきましたが、わたしより父の近くに住んでいた兄が全力でサポートをしてくれたことで、父の一人暮らしは何とか続きました。ふたりには本当にお疲れさまと思っています。

わたしは母の最後の入院の時から施設に入ってもらうことを考えていました。父の性格から本人は抵抗するだろうけれど、入ってみればそれが一番父にとっても幸せな選択だろうと考えてきたからです。その理由はこのブログのタイトルである「個と集団」の関係にあります。

前頭葉の働きで補ってはいるけれど、アルツハイマー型認知症で短期記憶障害がある父には、自分がホームに入ってからどのくらいの日数が経ったかは把握できていません。10日くらい経った面会の日には、父に「ここに来てどのくらい経ったかな」と聞かれたので「4日ぐらいかな」と答えると、「もうそんなに経ったのか!」とびっくりしていました。また、話をしていると自宅から週2回通っていたデイサービスとホームでの出来事は混ざり合っていることがわかります。

さらに、父は30年ほど住んでいた自宅のトイレの場所がわからなくなってしまったのだそうです。「思い出そうとしても思い出せない」と言っていました。10年くらい前から自宅近辺で迷子になることがあったので、空間認知にも障害が出ている証拠なのだと思います。

こんな状況で、本当によく頑張ったと思います。だから、毎日一人暮らしをするのは大変だっただろうし、日常的に助けが欲しいと感じてきたはずです。父としては母の代わりにわたしが父の脳みそになってサポートすればあの家で自立した暮らしが続けられると考え、それを第一希望として持っていたようです。その希望が強すぎて、かかりつけのお医者さんなどに「娘が一緒に暮らすためにもうすぐ来てくれる」と話して回ったり、「引っ越してくるって言っていたのにまだ来ないんだ」と兄に電話したり、思い違いの思い込みをするほどでした。

父と会ったときにたまにその話をして、今までどれだけわたしと衝突してきたかを話し、わたしには同居は無理だという話をくりかえししてきました。わたしにも生活があり、それを捨てると父を恨んでしまうことも話しました。どこまで理解してくれたかわかりませんが、話している時は異論がないようでした。忘れてしまうと考えたので、手紙に書いたこともありました。

父には非常に強いコントロール欲があり、良かれと思ってのことではあっても、そのコントロールに従わないと、思いやったはずの相手を怒鳴りつけたり、出て行けと切り捨ててしまうようなところがありました。一方で、非常に周囲の人間に気を遣う人でもあります。思い込みの思いやりなので、ありがた迷惑なことが多いのですが、本人としてはすごく気を遣っていて疲弊してしまい、結果として対人関係がうっとおしいと感じるタイプなのです。また、人の庇護下に入ったら無条件で従わなければならないと考えていて、「自分勝手なことを言ったら「このやろう」と怒られちゃう」などと言ったり、わたしがムッとした時には手を合わせて拝んで謝るようなこともありました。

父が老人ホームに入りたくなかった理由はそれです。誰かの世話になると必要以上に気を遣い、自由でいてはいけない気がするからです。でも、誰がカギをかけたわけでもなく、父自身が自分の自由を奪っているのだとわたしには見えるのです。父の話しぶりによる老人ホームは、強制的に入れられて監視され管理下に置かれ自由なく言われたとおりにするしかない戦時下の捕虜収容所のような場所と思っているようでした。

社会という集団の中で自分という個が、何を期待されどう振る舞うべきなのか、わたしたちは何となく強制されているような、決められているような気がしていないでしょうか。

学習性無力感というものがあります。PTSDのような経験を経て学習した無力感です。父も強いコントロール欲のある親に育てられたのではないかと思います。父がそのために「誰かの庇護下に入るということは、相手のコントロール下に入ることだ」と理解していれば、世話をされるのであれば文句を言うことはできないし、黙って従うしかないと考えて当然でしょう。うっかりすると、他者との関係、世界との関係は子ども時代に思い込んだ理解をベースに捉えられたままになってしまいます。

これは繋がれた象の喩えで表現されることがあります。象が鎖でつながれた状態で育てられると、大人になって鎖を外されても逃げようとしないという話です。

自由気ままなわたしは父とたくさん衝突したし、何度も出ていけと怒鳴られました。わたしも若いころは自分が我が強くて誰とも共同生活ができないと思っていました。共依存的な関係を築きがちではありましたが、意外と共同生活はできました。モラハラに遭ったことをきっかけに勉強し、今やわたしにとって社会や他者は「コントロールする/される」という関係ではなくなりました。他者とは、助け合い、自由を保障し合い、自立を促し、励まし合う関係です。わたしにできないことを頼んだり、わたしができることを手伝いとしてオファーしたりするだけのことだとやっと理解できるようになりました。

自分でできなくなったことが多く、一人でいることも寂しいと感じていた父には、施設での暮らしは自分で思っていたほど不自由でもなく、思いやりのあるスタッフに支えてもらえて快適であろうと思います。もともとは甘えん坊な性格なので、やってもらおうと思えばやってもらえ、自分でやると言えば自分でやらせてもらえるのはちょうどいいと感じることでしょう。

会いに行くたびに表情が穏やかになり、力が抜けて楽しそうな父の様子を見ると、意図的に黙って準備を進めて半分騙したように施設に連れて来てしまったことに心を痛めていたけれど、「これでよかったんだな」とわたしの方の力も抜けていく思いがします。仲良しのご婦人ができて良くおしゃべりをして、アクティビティにも参加するようになったとスタッフに聞いた時には本当によかったと思いました。

世間や社会や他人は、わたしたちが恐れているほど厳しくないし、わたしたちはわたしたちが悩んでいるほど不自由の身ではないようです。

わたしたち個々人もまた、その社会の構成員であるのだから、先ずは自分を思い込みから解放できれば社会も変わっていくと思います。

個と集団の関係については別のサイトに書いた書評「『嫌われる勇気』レビュー」、過去のブログ「わかり合えないという問題」や「壮大な問題に取り組む」にもありますので、よかったら読んでみてください。

評価システムを導入しましたが、個人は特定されませんし、登録なども必要ありませんのでお気軽に気分でポチっとお願いします!

お役に立てたでしょうか?/How useful was this post?

評価をお願いします。/Click on a star to rate it!

平均値/Average rating 0 / 5. 評価数/Vote count: 0

現在評価なし/No votes so far! Be the first to rate this post.