『事実はなぜ人の意見を変えられないのか』感想

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WE GiRLs CANの活動の骨子となる考え方のひとつに「事実把握による思い込みからの解放」というものがあります。事実把握がいかに大切なのかということについて、いくつものブログで書いてきました。一方で、事実を把握することがいかに困難であるかということは、自分自身を顧みても、自分の他者との過去のやり取りを思い出しても、心理学の各理論を勉強しても、嫌というほどわかっていたことです。

この本『事実はなぜ人の意見を変えられないのか~説得力と影響力の科学』(ターリ・シャーロット著・白揚社 The Influential Mind — What the Brain Reveals About Our Power to Change Others by Tali Sharot)はまさにその件について科学的な根拠を求めていろいろな側面から検証したものです。

この研究は認知神経科学者であるターリ・シャーロット博士が認知神経科学の実験や自身の体験などを通して、心理学的な側面、神経学的な側面を多角的に調べてその理由を探ったものです。他人の意見を変えられない理由をシンプルにいえば、それぞれが自分の社会的役割に準じて(準じていると信じて)その役割を果たそうとしているからということになるでしょうか。

事実として経験していることばかりですから特に目新しいことはないのです。でも、日ごろ考えてきたことが科学的にも証明されたようで何度も頷きながらぐいぐい読んでしまいました。

これを読んで強く感じたことは、わたしたち人類は社会性をもってそのおかげで生き延びている動物である以上、性質として魚群や羊群のような部分があるのだということでした。イエスキリストが羊飼いに譬えられるのは、そのためであり、イエスキリスト羊群の先頭ですらないからかもしれません(笑)。往々にして群れを作って生活する生物は(人間も例外なく)恐れのセンサーを頼りに周囲の動きを観察して危険を察知し、身を守ります。実際に危険なものを目にする前に群れの先頭から伝播してきた恐れのサインだけで動けるので生存の確率は上がりますが、誤情報や判断ミスに振り回されるリスクもあります。いまとても大きな問題になっているのは、群れとして強大になって外敵がいない代わりにお互いを敵として戦ってしまうこと、自他を対立関係のある概念として捉えてしまいがちなこと、環境とも対立してしまっている、ということでしょうか。

そう考えるとわたしたちには羊飼いか牧羊犬が必要なのかもしれません。2020年5月にはニュージーランドのロボティクス企業・Rocos社がBoston Dynamics社の小型四足ロボットを牧羊ロボットとして使う研究実験を始めたと発表しました(engadget「四足ロボット「Spot」がニュージーランドで羊を追う」より)。牧羊犬同様の「追う」と「集める」というアルゴリズムを使って上手に誘導してくれるようです。シンギュラリティを恐れる牧羊犬には恐ろしい一歩でしょう(笑)。そういえば、以前にこのブログで紹介したAIロボットのソフィアの自認も「人間がより良い決断をするのを助ける」というものでした。どう考えてもお互いを敵として集団同士で戦ってしまうことはマイナスです。お互いを叩き潰すよりも幸せになれる方法をソフィアに教えてもらう必要があるのかもしれません。

話が逸れました。結論としては事実は外からいくら提示されても人の意見を変えることはできないし、変える必要があるのかということでいえば答は「No」だということがわかります。なぜなら、この本を相手を思い通りに従わせるために読むならその答えは書いてありませんし、むしろその不毛なことが良くわかるだけだからです。

著者は1章において、この対立を解決するために目指すべきは説得ではなく、お互いの納得と共通点の再発見にあるということを書いています。面白い視点としては、著者がウリ・ハッソン博士(U. Hasson)というプリンストン大学の神経科学者の記事を引用した考え方の転換がありました。

理解し合った末にカップリングが起こるのではない。カップリングは互いを理解するために備わった神経基盤なのだ

『事実はなぜ人の意見を変えられないのか~説得力と影響力の科学』(ターリ・シャーロット著・白揚社)

Coupling is not a result of understanding. It is the neural basis on which we understand one another.

Defend Your Research: I Can Make Your Brain Look Like Mine
by Uri Hasson From Harvard Business Review

つまり、気が合って同じ気分になる(脳の状態が同期する)のは、理解してもらうよう努力して理解された結果によってもたらされるのではなく、理解されようとする側と理解しようとする側が双方向から働きかけている時に起きる状態なのだということです。

自説の正しさを証明する説を並べてお互いに正しさを主張し合い、平行線をたどったとき、わたしたちはこの「気が合う」という心地よい状態からはるかに遠い状態となるようです。意気投合して盛り上がったときとは逆のベクトルに、しかし同じ強さの楽しくない感情を感じるのだとハッソン博士は言っています。これではこの問題は永久に解決しないように思えます。相手を説得するために集める論拠が自分の思い込みを強化し、それでも理解されないというフラストレーションが説得の欲求を強化するシステムが組まれてしまっています。

しかし、シャーロット博士は次のように言っています。

“意見の食い違いよりも共通点に注目することで、変化は訪れるのである。”

”元の考えを根絶やしにするのが難しいときは、新しい種をまくのが正解なのかもしれない。”

”まずは相手の気持ちを考慮しなければ意見を変えることはできない。”

『事実はなぜ人の意見を変えられないのか~説得力と影響力の科学』(ターリ・シャーロット著・白揚社)

これらの言葉からわかるとおり、シャーロット博士は相手を思い通りに説き伏せるための研究をし、その指南書を書いたわけではなく、むしろ対立が起きてしまう仕組みを知ることで対立を解消する糸口を探り、そのヒントとなることを書いたと受け取れると思います。

特に、最後の「意見を変える」とあるのが、前提として「相手の気持ちを考慮する」とあり、ハッソン博士の研究に従えば、考慮したらむしろ自分の正しさを相手に何が何でも意見を変えさせたいという気持ちがなくなり、お互いに歩み寄るのではないかという気がしませんか? そしたら、心配なく新しい種がまかれそうですね。

同時に「どうせ言っても変わらない」という固定観念による諦めや自暴自棄からわたしたちを救い出してくれるものになればいいなと思いました。

きれいごとを言わせてもらうなら、それぞれが良かれと思ったことを相手の役割や立場を考えずに押し付け合うことで起きている意見の食い違いであれば、そもそもの共通の目的に立ち返ることさえできれば、どんな食い違いでもわたしたち人類が第三の道を見出すのは時間の問題ではないかと思うのです。

寄り道をして迷子になっても探し出して連れ帰ってくれる羊飼いは、わたしたち自身の脳に自己書き換えコードとしてちゃんと組み込まれている気がします。


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