犯人は誰だ? ~悪者を作らない思考~

犯人は誰だ? ~悪者を作らない思考~

何か思い通りにならなかったとき、皆さんはどう考えますか?

原因を探り、対策を立てよう!

誰のせいか見つけ出して責任を問い詰めてやる!

運が悪かったのだから諦めよう。

気持ちを切り替えて次のことを考えよう。

それもこれもあいつのせいだけど、関係がまずくなるのは自分が困るから言わないけど一生恨む。

思い通りにならないのって楽しい!

ここから何かを学べってことだわ。

神さまは越えられない試練を与えないというから、諦めずにがんばってみよう。

自分は何をやってもダメなんだ。

どんな風にとらえてどんな風に反応するかは人それぞれですよね。
私が今まさに勉強しているアドラー心理学では、こういったとらえ方の差は、そうすることで未来から何を受け取りたいと思っているか(「目的論」という)によるものと考えます。

私はモラハラの共依存関係から脱出することができました。
パートナーは、主に必要なお金がない時に不機嫌になり怒鳴りました。
私は「十分なお金さえあればこの人と一緒に幸せになれるのだ」と思うようになりました。
つまり、私の不幸の原因は「お金」にあると思ったのです。

他の人から見たら、「怒鳴られて嫌な思いまでして、お金を渡して解決している生活なんて考えられない!さっさと別れてしまえばいいのに」と思うような関係を何年も続けたわけです。
私も張本人でありながら、理屈で考えると自分の行動や気持ちが全く理解できませんでした。
ただ、一つ言えることは「思い通りにいかないこと」の「原因」を「何か」や「誰か」に求めて、それを変えることで自分が「幸せ」になれると思うという考え方に囚われていたと思います。
具体的には事業がうまくいかずにお金が稼げないことが原因で、パートナーがお金が人生で一番大事なものと考えており、そのためには手段を選ばないようなところがある人だということが原因だと思っていました。
そのために、「事業を何とかしてもっと稼げるようになる」か、「パートナーにお金ではなく愛さえあれば幸せだと思える人になってもらう」か、それさえ何とかできれば本当にすべてはうまくいくのにと毎日がんばっていました。

では私は「なぜ」そこから脱出することにしたのでしょうか。
本当に正しい答は、私の中で「なに」が変わったのか?という問の中にあります。

  1. 今度こそ本気で解決したかった
  2. 今までの方法では解決できないとわかった

それまでは、相手や状況に変わってもらうということを期待していたと思います。

本気で何とかしたいと思っていろいろ調べていくと「他人や過去は変えられないが自分は変えられる」という言葉に遭遇しました。
すると、モラハラと同じかそれ以上に辛いことを通り過ぎなければならなくなりました。
「自分を変えるということ=自分のダメなところを直す」だと思ったからでしょう。
自己改善のための自分の悪い部分を探るという作業の辛さは、怒鳴られるのを我慢するのと同じかそれよりも辛かったです。

そんな中で、本気で解決すると決めてから自分を本当に救い、導いてくれたのは「お互いのためになる相手のためを」という言葉でした。

原因を解明して対策を立てるということがダメなののではなく、解決方法には原因解明をして対策を立てる以外の方法があり、そっちの方が役に立つ案件もあるということだと思います。

WE GiRLs CANの活動の骨になる考え方の原点はここにあります。
物心ついた時から考え続け、モラハラの共依存関係の経験を通して強化され実践され自分に証明できた考え方です。

私たち人類はことごとく「自己の幸福」を目指して生きていると思います。
その目的を達成するために、ありとあらゆる方法があり、経験値があり、利害が生じ、争うことになり、差別し、暴力をふるい、暴言を吐き、究極には自分か他人の命を懸けてまで「自己の幸福」を追求しています。
何千年も変わらずに。
WE GiRLs CANは少しでもその「究極の自己の幸福」の実現に貢献したいと思っています。
「自己の幸福」の手段や方法の一つでしかないものに固執し、不幸になっていくというアンビバレントを脱出するお手伝いができればと思います。
また、私一人では方法論に固執してしまった時にそこから出るのは難しいし、ここでどんなにいろんなことを書いても届く範囲は限られています。
似た考え方をしている方がいらっしゃれば、意見交換やおしゃべりを通して新しい切り口やものの見方やリフレーミングを一緒にやっていきたいと思っていますので、ぜひ一度勉強会にご参加ください。
また、全国どこへでも出かけますので、お声をおかけいただければ飛んでまいります。