個と集団 0 (0)

父が老人ホームに入り、約2週間が経ちました。4月の頭に介護度が上がったことを受け、デイサービスの通所を週2回から3回に増やそうとしたところ、混乱した父から電話がかかってきました。本人の口から「もう何が何だか分からなくなっ … 続きを読む

煩悩を払う 5 (1)

煩悩を払う

仏教の煩悩(=人の苦の原因(Wikipediaより))のひとつに三毒の「貪(欲)」というものがありますが、「煩悩を払う」と聞くとすべての欲をなくさなければならないと思う人が多いと思います。しかし、調べてみると仏教で克服す … 続きを読む

自我と自己~チップからの解放は可能か 5 (1)

自我と自己

今回は、前回のブログ「「傾聴する」ということ」で予告した自我と自己の違いについて書きたいと思います。 ユングの「自我」と「自己」 まずは、カール・グスタフ・ユングの「自我」と「自己」について簡単に説明します。 ユングは、 … 続きを読む

「傾聴する」ということ 5 (1)

「傾聴する」ということ

今日、言葉の意味として頭でわかっていたことを、感情を通して「意味を体験した」と感じたことがあったので、今回はそのことについて書きたいと思います。 「私の世界に対する価値」は何か 1960年代~70年代にかけて、戦後日本の … 続きを読む

劣等感と優越感 0 (0)

優越感と劣等感

アドラー先生は「優越性の追求」(ダイアモンドオンラインで詳細をどうぞ)を人間の普遍的な欲求であると言っています。マズローも同様に「自己実現」(詳細はウイキペディアで)を人間の普遍的な欲求であると言っています。多くの人たち … 続きを読む

頑張っていること 0 (0)

頑張っていること

「アイデンティティが救いであり牢獄」という名越康文さんの言葉について、「理屈と心構え」というブログで書きましたが、牢獄になってしまったときどのようにして自分を自分の牢獄から救えるのかということを考えています。 原点はもっ … 続きを読む

他人は鏡とはどういうことか 0 (0)

他人は鏡とはどういうことか

前回の不寛容さが気になるという話が続きます。前回は他者との関係においての罪と罰ということを考えました。でも、わたしが本当に言いたかったことはもう一歩深くへ入ったところにあるのです。 わたしたちは「他人は鏡」だと言います。 … 続きを読む

罪と罰と寛容 5 (1)

罪と罰、許し

わたしが日ごろ感じる社会の閉塞感の中のひとつに、社会的・倫理的に「間違い」とされることをした人に対する不寛容があります。 でも、間違いは仕方のないことです。失敗も仕方のないことだと思うのです。 それをどう扱うのかというこ … 続きを読む

正しさの戦い~何のために戦うのか~ 5 (1)

それは何のためか

わたしたちはよく、どちらが正しいかという「正しさの戦い」によって、本来人間として生まれてきたら誰もが享受できる「豊かさ」や「平和」を、争っている相手とお互いに手離してしまうことがあります。 男女差別の問題にも、常にこの「 … 続きを読む

自由意思と人生脚本 0 (0)

自由意思と人生脚本

たびたび人と話していて非常にびっくりすることがあります。それは前回のブログ「理屈と心構え」にも共通している心構えに繋がる「世界観」の違いです。 人生脚本 交流分析という心理学のパーソナリティ理論のひとつであり心理療法の理 … 続きを読む