自我と自己~チップからの解放は可能か 5 (1)

自我と自己

今回は、前回のブログ「「傾聴する」ということ」で予告した自我と自己の違いについて書きたいと思います。 ユングの「自我」と「自己」 まずは、カール・グスタフ・ユングの「自我」と「自己」について簡単に説明します。 ユングは、 … 続きを読む

「傾聴する」ということ 5 (1)

「傾聴する」ということ

今日、言葉の意味として頭でわかっていたことを、感情を通して「意味を体験した」と感じたことがあったので、今回はそのことについて書きたいと思います。 「私の世界に対する価値」は何か 1960年代~70年代にかけて、戦後日本の … 続きを読む

劣等感と優越感 0 (0)

優越感と劣等感

アドラー先生は「優越性の追求」(ダイアモンドオンラインで詳細をどうぞ)を人間の普遍的な欲求であると言っています。マズローも同様に「自己実現」(詳細はウイキペディアで)を人間の普遍的な欲求であると言っています。多くの人たち … 続きを読む

なぜできなかったのかわからないこと 0 (0)

なぜできなかったのかわからないこと

世界平和や差別撤廃、思いやりにあふれた対等で自立した人間の社会が実現しない理由は何だろうと考えてみました。 自分のできなかったことで考えてみる わたしは小学生のころ、同級生が当たり前にできることがあまりできませんでした。 … 続きを読む

マインドフルネスと思い込み 0 (0)

マインドフルネスと思い込み

また父の話で恐縮ですが、会いに行くとインスピレーションを得るので今回も父の話からです。時々、父から意図がわからない質問や要求を受けることがあります。 食事を一緒にしていると、父から「そんなにたくさん食べれる? 手伝ってあ … 続きを読む

エンパワーメントと遺産 5 (2)

エンパワーメント

わたしたちは人間として生まれてきて、この社会で生きていくために必要なツールを幼児期の養護者から遺産として受け取ります。 特に、「困難にぶつかったときにどうすればいいのか」ということが、実は非常に重要な子どもたちに遺してい … 続きを読む

違いを見分ける力 0 (0)

違いを見分ける

人は誰でも、賢く見極めてよりよい選択をして生きていきたいと考えているのではないでしょうか。 わたしは時に欲に目がくらんで間違った選択をすることがあります。また、間違った思い込みのために間違った選択をすることがあります。 … 続きを読む

頑張っていること 0 (0)

頑張っていること

「アイデンティティが救いであり牢獄」という名越康文さんの言葉について、「理屈と心構え」というブログで書きましたが、牢獄になってしまったときどのようにして自分を自分の牢獄から救えるのかということを考えています。 原点はもっ … 続きを読む

他人は鏡とはどういうことか 0 (0)

他人は鏡とはどういうことか

前回の不寛容さが気になるという話が続きます。前回は他者との関係においての罪と罰ということを考えました。でも、わたしが本当に言いたかったことはもう一歩深くへ入ったところにあるのです。 わたしたちは「他人は鏡」だと言います。 … 続きを読む

罪と罰と寛容 5 (1)

罪と罰、許し

わたしが日ごろ感じる社会の閉塞感の中のひとつに、社会的・倫理的に「間違い」とされることをした人に対する不寛容があります。 でも、間違いは仕方のないことです。失敗も仕方のないことだと思うのです。 それをどう扱うのかというこ … 続きを読む