「現実はわたしたちが思っているよりも優しい」というブログで予告した、恐れや不安から解放された戦争のない、争いごとのない、平和で思いやりにあふれた世界や、苦しみのない、恨みごとのない、平和で満ち足りた世界を創造するために、わたしたちが現実と向き合えるようになる「現代に合ったメソッド」をひとつずつシリーズとして紹介していきます。
簡単に各メソッドの説明をすると同時に、ほかのメソッドやほかの分野の考えに共通していると思う点を加えながら解説していきます。
序~やさしい現実との向き合い方
これまでに確立されてきた心理療法がすべて目指しているところは「これはこういうものだ」という思い込みからわたしたちを解放して、事実を受け入れてその中で自分を選んで生きられるようにすることです。
「事実」は私たちが思っているよりも優しく、わたしたちを育み、受け入れ、見守り、力を貸してくれています。
そのことに気づき、どうこうしようという意図的、作為的、恣意的、故意的であることをやめ、世界が差し出そうとしている恩恵を受け取れる心安らかな境地に到達すること。
それは心理学ができるより二千年くらい前に釈迦やキリストが到達した地点でもあります。
自らの考えに縛られて苦しむわたしたち、信念に追い込まれて人と争ってしまうわたしたち、損得・利害の感覚に駆られて大事なものを見失ってしまうわたしたちは、自分には他に選択肢がないと思って生きています。その考え、その信念、その損得・利害の感覚の中では、それしか選択肢がないというのは、紛れもない真実だと思います。その中では本当に苦しいだろうし、戦うべきものだろうし、結果として大事なものを見失ってしまったとしても仕方のないことだと思います。
「事実を受け入れてその中で自分を選んで生きられる」ということは、出来事の被害者の立場をあきらめて主体的に生きるということです。
主体的に自分を選んで生きることを阻害しているのはわたしたち個々人の中にある「思い込み」です。思い込みとは、「世間の常識」「認知バイアス」「偏見」「イラショナルビリーフ」のことです。社会全体が信じていて、それに従って生きている当たり前の当然の常識だと思っているほとんどのものが、人類全体で信じ続けることで存在することを支えている思い込みであると言われたら、不安になったり腹が立ったり嫌な気分になる人もいるでしょう。
でも、もしこれを読んでいるあなたが少しでも苦しさから逃れ、争いを避け、不安を解消し、怒りを鎮め、大事なものを大事にしたいと願うなら、その不安や怒りや不快と戦うこともなく、且つそれらに基づく今までの努力や苦労を無駄にすることなく、気軽に試せる時代に合ったいくつかのメソッドがあります。自分が解放された体験をもとに、一人でも多くの人が同じように心安らかな日々を過ごせるようにとヒントを提供してくれています。
それらをまとめて紹介することで、必要な人に届きますように、そして少しでもお役に立てますように。
ザ・ワーク
過去のブログ『意図的、作為的、恣意的、故意的であるということ』で紹介したバイロン・ケイティは「思いこみ」から抜け出す助けとなる「ザ・ワーク」というメソッドを開発して広めています。「こうあるべき」というその人を苦しめている物語を、彼女の開発した4つの質問を使って自問することで、誰もが繰り返される苦しい物語から解放されて、現実を受け入れて建設的な次のステップを踏み出すことができるようになると彼女は説いています。
ポッドキャストのインタビューによれば、彼女自身、「思い込み」によって苦しんで、体重が200ポンド(90kg)あって不健康で、希死願望の強いうつ病と広所恐怖症と妄想症を患っており、そのどん底からこのメソッドに至る「気づき」の経験をしたのだそうです。
それまでのケイティといえば、アメリカでよくある人生――二度の結婚、三人の子供、そして順調なキャリア――を送りながらも、一〇年にわたり、怒り、妄想、絶望がひどくなるばかりでした。しかもそのうちの二年間は、ひどい鬱状態のため、めったに家から出ることさえできない状態だったのです。何週間も寝込み、仕事は寝室からの電話で済ませ、入浴や歯磨きすらままならないほどでした。子供たちはといえば、母親の逆鱗に触れないよう、部屋の前を忍び足で通ったものです。そしてついにケイティは、摂食障害の女性が入る療養施設に入所することになります。唯一、保険が利く施設だったからです。そこでも他の入所者たちから恐れられ、屋根裏部屋に入れられました。
『ザ・ワーク: 人生を変える4つの質問』「はじめに――探求のワークへようこそ!」スティーブン・ミッチェル、バイロン・ケイティ著 より
どん底の最後の日は「入所から一週間ばかりたった日の朝、自分はベッドに寝る価値すらないと思い、床に横たわっていた」といいます。療養施設の屋根裏部屋のベッドに寝る価値すらないと思っていたなんて、彼女のどん底はどんなにつらくて苦しかったことでしょう。
しかし、この日の気づきを境に、彼女は自分の思い込み(彼女の言葉で言えば「物語」)から解放されました。
入所から一週間ばかりたった日の朝、自分はベッドに寝る価値すらないと思い、床に横たわっていたケイティは、目を覚ましたとき、「私」という考えがまったく消え失せているのに気づきました。
すべての怒りや悩み、「私の世界」、そして全世界が消え、その瞬間、心の奥底から笑いが込み上げてきました。従来の自分の知覚で認識できるものが何もありませんでした。まるで、自分ではない他の何かが目覚めたように。そしてその「何か」が目を開け、ケイティの目を通してものごとを見ているんです。「それ」は喜びにあふれていました。自分と分離しているものや、受け入れられないものが何もないのです。すべてが、ただありのままの姿で存在してました。同上
これは「悟り」の境地といってもいいでしょう。別のブログで詳しく述べることになると思いますが、非常に重いうつ病から「悟り」を啓くことになったケースは他にもあり、脳波や脳のMRIなどの解析からその関係性が解明されつつあるようです。
彼女はこの体験をもとに、「物語」の外へ出る方法を「ワーク」として確立していきました。「ワーク」の素晴らしいところは、バイロン・ケイティという「教祖」も、道場も教会も必要としないところです。紙と筆記用具と問いだけ。
「ワーク」は受刑者や麻薬中毒者も含む世界中の非常にたくさんの人々を同じ「気づき」に導いてきた実績があります。自らが作り上げた「物語」の外に出て、現実を受け止め、現実の中で自分にできることに取り組むことができるよう、手伝いをしてきました。
この「物語」という思い込みの仕組みは、脳科学的にも説明がつくようです。
ケイティがよく言うのは、実際に体験しないと「ワーク」は理解できないということです。ただし、「ワーク」と現代の神経科学が正確に符合することを知っておくといいでしょう。ときに「インタープリター(解釈者)」と呼ばれる脳の部位が、心の中になじみの物語をつくりだし、私たちに自己意識を与えていると言われています。ところが最近、二人の著名な神経科学者は、この「インタープリター」によって告げられる物語は、気まぐれであてにならないと発表しました。そのうちの一人であるアントニオ・ダマシオ博士は、次のように説明しています。「おそらくもっとも重要な発見とは、人間の左脳は、現実とは必ずしも一致しない物語をつくり上げてしまう傾向があるということである」。また、もうひとりのマイケル・ガザニガ博士は、次のように記しています。「左脳は、完全に状況把握しているということを、自らとあなたに信じ込ませようとして、物語を作り上げている。『インタープリター』は、自分についての一貫性のあるストーリーを保とうとしているのである。そのため、私たちは自らにうそをつくことを学ばなければならないのだ」
同上
上記の引用中の「左脳」の「インタープリター」というところは、このブログで何度も取り上げているジル・ボルト・テイラー博士の説とも同じです。彼女は脳解剖学の専門家であり、自身の脳内出血による左脳のダメージを受けた経験から、左右の脳がまるで別人格のように働いていることに気づきました。彼女のメソッドも紹介していきますので、詳しくはその時に書きます。
また、この別人格という捉え方は、この後別のブログで紹介する「インターナル・ファミリー・システム(IFS)」というメソッドの捉え方にも共通しています。以前のブログで書いた防衛機制という心の働きと同じだと思うのですが、傷ついた心を守るために「パーツ」が働いているとする考え方をします。IFSの「パーツ」は別の人格を持っているとされていることから、「インタープリター」の考えと似ていると解釈できます。こちらも詳しくは後ほど書きます。
また、交流分析という心理療法では「厳しい親CP」「優しい親NP」「自由な子どもFC」「従順な子どもAC」「大人A」という自我状態があるとしていますから、左脳の別人格「インタープリター」と似ていると思います。また、交流分析ではザ・ワークの「物語」に共通するような「人生脚本」という考え方があります。交流分析ではこの脚本が人間関係や出来事に対するその人の対応を決めているとし、脚本を分析することでパターンから脱却することを目指すのも、同じ手法であるといえるでしょう。交流分析もすでに何度もあちこちで書いていますが、詳しくはメソッドの一つとして後ほど改めて紹介します。
究極的には、ブログ「現実はわたしたちが思っているより優しい」で書いた釈迦のいう「世間の常識」もわたしたち人類全体で信じている「物語」であり、事実は釈迦やその他多くの「悟り」の境地に達した人たちには単なる「思い込み」に見えるのかもしれません。臨死体験をしたアニータ・ムアジャーニさんも体を抜けるとわたしたちは何層にも重なった「カルチャー」も一緒に脱ぎ捨て、それにまつわる考えや恐れから自由になると言っています。
バイロン・ケイティの本は日本語でも『ザ・ワーク: 人生を変える4つの質問』など4冊が出版されていますし、バイロン・ケイティの公式ページには日本語のページがあり、本を読むまでもなくすぐに無料でそのツールや試し方をダウンロードしてやってみることができます。
ザ・ワーク=作業
ワークでは、思い切り批判的に当該の事柄を書き出し、それらを4つの質問を使って自分に問いかけ、主語を入れ替えたり否定形を肯定形を変えたりして、考えや思い込みのもとになっている物語を検証します。
「そんな風に思いこんでいるあなたが悪い」などと責めたり、「その考えはおかしいから変えろ」などと正論で問い詰めて考えを変えさせようとするようなことは一切ワークには含まれません。それはむしろ左脳の「インタープリター」の仕事です。
ワークの質問は、あなたの考えを変えようとして説得するためにあるのではありません。あなたを温かく見守りながら事実を把握するサポートをしてくれます。
意識を向ける Notice
まずは誰が、または何が、あなたを嫌な気分にさせるのか、その事柄や場面を思い出します。
書き出す Write
あなたを悩ませ、苦しめ、イラつかせ、怖がらせ、不快にさせるものをジャッジメント・ワークシートと呼ばれる用紙に書きます。英語でのこのワークシートの名前は「Judge-Your-Neighbor Worksheet」といい、直訳すると「周囲の人を裁きましょうワークシート」です。ワークシートには質問が6つ書かれており、この質問に対するあなたの答え一つひとつを、続くステップで「4つの質問」と呼ばれる質問を使って調べていくための重要な作業です。
ここでは、容赦せずに「私は○○に怒っている」「あいつは○○するべきなのにそれを無視する」「私のほうが正しいのだから、話をちゃんと聞いて従うべき」などのように、コテンパンに裁いて責めて問い詰める気分で書きます。人を裁く立場にないとか、いい人でいたいとか、嫌われたくないなどの気持ちは横に置いて、「何様だよ」「ずいぶん上から目線だな」「自分のほうが間違ってるかもしれない」などの心の声にも耳を塞いで、思いっきり「裁き」を加えてください。
左脳だって、毎日頑張って何とかしようとしているのです。言い分はあるでしょうし、主張はじっくり聞いてあげる必要があります。あなたを守ろうと、一瞬も手を抜かずに頑張っていてくれているのですから。
質問する Question
バイロン・ケイティの4つの質問は以下のものです。
- それは本当でしょうか?
- その考えが本当であると、絶対言い切れますか?
- そう考えるとき、あなたはどのように反応しますか?
- その考えがなければ、あなたはどうなりますか?
この質問には「あなたの考えを変えてやろう」という意図は一切含まれていないことを忘れないでください。なので、戦闘モードをすべて解いてシンプルに質問に答えてみてください。自分を脅かすものに対する警戒を解いた状態で、自分と向き合う時間を作る作業(ワーク)です。
置き換え Turn It Around
置き換えは、以下のように行います。
- 太郎は私の話を聞かない。
- 私は私自身の話を聞かない。
- 私は太郎の話を聞かない。
- 太郎は私の話を聞いてくれる。
それぞれの置き換えが正しい理由をしっくりくるまで説明していきます。
私がこのひっくり返しとともに生き始めたとき、「あなた」と呼んでいたものはすべて、自分だということに気づきました。あなたは私の思考が現実として投影されたものに過ぎなかったのです
「バイロン・ケイティのワーク:苦しみの終わり」小冊子より
ケイティがサイトのLittle Bookで上記のように書いている通り、「置き換え」は防衛機制の自分の心を守るために作られた投影の「物語」に気づく作業(ワーク)なのです。
投影に気づき、防衛のためのガードを下げられれば、これで「ワーク」は終わりです。ここでの説明は簡略版なので、これを読んでもまったくできるようにはなりません。興味のある方はぜひホームページの日本語版へ行き、小冊子や資料やワークシートをダウンロードし、本を読み、動画を探して見てみてください。
バイロン・ケイティの考えの中に、「3つの領域」というものがあります。これも心の平和を取り戻すのにとても有効な考え方です。
世界にはたった三種類の領域しかありません。私の領域、あなたの領域、そして神の領域です。私にとって、神という言葉は「現実」を意味します。現実こそが世界を支配しているという意味で、神なのです。私やあなた、みんながコントロールできないもの、それが神の領域です。
ストレスの多くは、頭の中で自分自身の領域から離れたときに生じます。「(あなたは)就職した方がいい、幸せになってほしい、時間通りに来るべきだ、もっと自己管理する必要がある」と考えるとき、私はあなたの領域に入り込んでいます。一方で、地震や洪水、戦争、死について危惧していれば、神の領域に入っていることになります。私が頭の中で、あなたや神の領域に干渉していると、自分自身から離れてしまうことになります。
(中略)
誰かにとって最善のことを自分が知っていると考えるのは、自分の領域を離れることになります。愛という名の下であっても、まったくの驕りであり、緊張や不安、恐れを招くことになります。
『ザ・ワーク: 人生を変える4つの質問』「はじめに――探求のワークへようこそ!」スティーブン・ミッチェル、バイロン・ケイティ著 より
アルコール依存症克服のための組織「アルコホーリクス・アノニマス」や、薬物依存症や神経症の克服を支援するプログラム12ステップのプログラムで参加者が唱える「Serenity Prayer」に対する神からの答えのような考えだと思います。
変えられないものと、変えるべきものを区別する賢さとは、領域を知り、自分の領域を離れないことでしょう。
God, give us grace to accept with serenity
the things that cannot be changed,
Courage to change the things
which should be changed,
and the Wisdom to distinguish
the one from the other.神よ、変えることのできないものを静穏に受け入れる力を与えてください。
出典:Wikipedia「ニーバーの祈り」
変えるべきものを変える勇気を、
そして、変えられないものと変えるべきものを区別する賢さを与えてください。
実際に、バイロン・ケイティがワークのファシリテーションをしている動画はたくさんありますし、彼女自身のポッドキャストにもあり、またセッションはZoomを使って毎週のように行われていますが、ほとんどは当然ながら英語なのですが、日本で数名しかいない公認ファシリテーターが翻訳をつけてくれている動画がありましたので、以下に貼っておきます。
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