できることをコツコツ

実は、今日書いていた内容がすべて消えました。iPhoneとMacの同期の順番が、最新のiPhone→iCloud→古いMacと行かないで逆に行ってしまい、iPhoneのメモに出先から書いておいた数時間かけて書いた長い文章が泡となって消えたのです。いろいろ調べましたが、復旧は無理のようでした。かなりガッカリしてモチベーションが下がり、悲しい気持ちでいっぱいになりました。

誰かを何かの切り口で説得できそうな何かを書いていました。

同じことをもう一度書こうと思っても、なぜか書く気が起きません。

そんな中、いただいているお仕事の認識違いが発覚し、2年以上続けてきた仕事のゴールを半年後に見てもうすぐ終わると思っていたところを、とんでもないゴールははるか遠くだということが判りました。お仕事なので、この先の半年以上先までの収入が確保されたのはうれしいことのはずですが、こちらもガッカリしてモチベーションが下がってしまいました。

このようなネガティブと感じられる出来事があると、その意味を考えたくなるのが人間です。

考えてみましたが、もともと出来事に意味を見出すのは意味がないのだと考えているので、そんなことに時間をとっても慰めにしかならないし、同じことを書けないなら、できることに気持ちを切り替えて前に進むしかないと思いいたりました。

物理法則は公平です。どんな人にも等しく働きます。わたしの期待に応えることもなく、そこに何を見出そうと見出すまいと、決まった法則通りに結果を出します。

アインシュタインが気がつかなくてもエネルギーは質量に光の速さを2乗したものを掛けたものと等しく(E=mc2)、ニュートンが気がつかなくても重力(F=GMm/r2)は存在していました。おかげでわたしたちは地球の遠心力で宇宙空間に飛び出してしまうことなく重力で地上で生活しています。

わたしたちは自分が感知できないものを存在しないとして生きています。重力があることなど知らなくても人類は生きていたのですから、見えないから重力などないという自由と権利がわたしたちにはあります。放射能や紫外線や赤外線は目で見ることはできませんが、影響は確実に受けています。電気もそうです。電線を通って電気機器を動かしているので、何となく電気というものをわかった気でいますが、電気について研究したフランクリンやボルタやアンペールやファラデーやベクレルやエジソンやテスラといった科学者以前の人間は電気を利用するということの何かを全く理解できなかったことでしょう。

仕組みなどわからなくても使えば使えるというものはたくさん存在します。

ファクスがどうしてここにある紙を電線を通して遠く離れた場所に再現できるのか、「もしもし?」と音声が届くのは何となくわかるけどなぜ、音声でないものが届くのか、疑問に思ったことがない人も、ファクスを使っていました。

コンピューターの仕組みもわかっていなくても使えます。インターネットも携帯電話もWi-Fiもそうです。飛行機が飛ぶ仕組みも自動車が走る仕組みもわかっていなくても使えるのです。

人間や社会もきっと同じです。なぜかわたしたちは「より善く生きる」夢をあきらめきれないでしょう。

そのものを生きていれば、何も心配いらないのだと思いました。できることをコツコツやっていれば、時が来る。

信念を持って壮大な問題に取り組んでいる皆さん、不安になること、ガッカリすること、悲しくなることはあるでしょうが、できることをコツコツやって時が来るまで生きましょう!

焦らない、あてにしない、諦めない