目的と手段 / 意味と価値

目的と手段 / 意味と価値

大学の通信課程で心理学の勉強をしています。
これは、開発した共依存関係脱出アプリ「Pom Squad」の効能・効果や、この活動のバックボーンとなっている自説の裏打ちが欲しかったこと、似た興味を持った輩と出会って議論を交わしたかったこと、長年抵抗してきた権威主義に与するため(半分冗談、半分本気)、の3つが主な理由です。
大学で学んでみて実際に感じたのは、自分の知識の偏りの是正ができることや、新しい自分の得意に気が付くきっかけになったことに、思った以上に大学での学びの価値があったということです。
また、ハイティーンの頃でなく、これまでの人生の経験すべてを持った状態で、自ら学びたいと感じ、自分の稼いだお金で、自分の学びたいことを学ぶ喜びを知ったことを、シンプルに心から幸福なことだと感じます。
この勉強の目的は最初に述べた3つですが、その3つはさらにそれを包括する目的のためで、その包括している目的もより大きな目的に溯ることができます。
最終的には私自身が自分の生きている目的としたものに統括されていきます。

アドラーの目的論

裏打ちの一つはアドラーの目的論です。
Pom Squadはアファーメーションという方法を採用しています。挫けそうになる持ち主に代わって、同じ励ましを1時間ごとに毎日365日繰り返します。
日々の小さな繰り返しが最終的に大きな力となることを、昔から人は「継続は力なり」や「雨だれ岩を穿つ」という言葉に表現し続けてきました。
しかし、ここに隠れている大切なことがあります。長く辛抱強く繰り返しを続けるには、達成させたい明確な目的が必要です。
アドラーの目的論は、過去の出来事が原因となって結果としての行動があるという考えではなく、目的の達成のために原因すら手段として選ばれて行動が選択されているという理論です。
言い換えれば、人間は過去の結果ではなく未来への原因であり、未来に人間が見ているのは理想という目的だということになるでしょうか。
しばし、私たちはこの小さな目的に固執しすぎて迷子になることがあります。
私はこの「目的」は「より大きな目的」に達するまでの目標(経過点)だと考えています。
目の前の短期的な目的を果たして行くには、それをさらに牽引するための壮大な目的が必要だと考えるからです。

フランクルの意味への意志

前述の私の考えを裏打ちするのがフランクルの意味への意志(人生の意味)という考えで、私の考えでいうところの「壮大な目的」です。
これが見失われずにいるなら、そのための手段としての小さな目的が無効であったとしても、無効なものに固執せず、有効なものにスイッチでき、より良い手段としての小さな目的を持って、日々の小さな繰り返しを困難に突き当たっても諦めずに継続することが可能だと考えています。

経済と幸福

この理論は巨視的にも微視的にも適用できると考えます。
例えば、経済活動は個々人の幸福の追求の集合体と捉えることができると思います。
現在の全世界に於ける経済活動は、輸送手段とIT技術の進歩により、高速化・グローバル化しています。
そのため、企業で働く個々人の幸福の追求の行き過ぎや偏りは、世界経済にあっという間に影響を及ぼします。
人類全体の幸福が何であるのかという統括的な目的意識が、個々人の中で見失われていれば、個人や企業や国家の幸福の追求が利己主義的になります。
手段を目的と勘違いして固執し、目先の幸福を貪り、やがて不安に駆られてしまえば経済活動は世界レベルで崩壊してしまうかもしれません。

脳内物質と幸福感と不安

企業も国家も個人の集まりです。社会を構成するのは自分の幸福を追求している個人です。
自分の幸福が他人の不幸の上に立っていても平気な人も中にはいますが、多くの人にとって不幸な人と一緒にいることは幸福なことではありません。
では、幸福とは何でしょうか?
幸福とは満ち足りることではないでしょうか?
一方、幸福を脅かすものは未来への不安だと思います。
未来への不安を発動するのは過去の経験ではないでしょうか。
私はアドラーの責任や選択や目的論も信じていますが、一方で化学物質の存在も信じています。
自分が女性であることがそれを経験値として裏付けます。
ホルモンのバランスがいかに毎月私の気分やムードを振り回してきたかを知っています。
生理が始まってしまえばなんということもない、小さなことでイライラしたり泣き出したり。
過去の経験が不安をトリガーするのも動物として危機状態に対して、アドレナリンなどのホルモンが警戒せよと分泌されるためです。
これを慣性の法則として何十年も続けていれば、それは無意識裡に起こる単なる生理現象です。
こういった本能的な反応によって、過去の出来事との類似によるトリガーが不安となって、今ある幸福を壊してしまう瞬間があるのは仕方がないことだと考えています。
しかし、希望はあります。これに別の慣性の法則を付けてプログラミングを変えることができるのも、私たち人間の特徴の一つです。
この新たな慣性の法則を追加することの継続は、大きな目標を達成するために、小さな目的によって責任を持って選択され続ける行動です。

豊かさ

私にとって、リプログラミングがうまくいく方法は「豊かさ」というイメージです。
「豊かさ」という状態を想像して感じるとき、パニックが解けるのを感じます。
私の不安はたいてい未来に起こるのではないかと心配される「欠如・乏しさ(lack)」がトリガーとなるもので、この反対のイメージが「豊かさ(abundance)」なのです。

価値

この、乏しさと豊かさは、価値観によって左右される感覚だと感じています。
ブランド物のバッグが好きな人にはそのバッグが定価5万円のところ半額の2万5千円だったら、安いと感じます。でも、そもそもブランド物もバッグも物を入れる道具という以上に興味がないという人であれば、1万円以上のバッグはすべて高いと感じるかもしれません。
このように、物事というのは価値観によって見え方が変わってしまうものですよね。
私はこういった価値観は目的に合うように選択されるものだと考えます。
つまり、その人にとっての「人生の意味」に合うように物事や出来事の「価値」を判断しているのだと思います。
例えば、その人にとっての人生の意味によって、どんなことがあった時に、どんな人として、どんな振る舞いをしたいか、つまり何を大切にしたいと思って(価値を置いて)それを選択するか(行動する)ということが決まると思うからです。
だから、もしも不安に襲われてパニックに陥ることが多いようであれば、あるいはいいと思っていることをやらずに引き伸ばしてしまったり三日坊主になってしまう傾向があるならば、一度すべてを置いて、自分の人生の意味を問い直してみると見えてくることがあるのではないでしょうか。
そして、自分の力だけでは脳内物質に勝てない時には、臨床心理士などの専門家の力を借りて理想の人生を目指すことも一つの手段となります。
WE GiRLs CANが開発したアプリがその一助となれば幸いです。