予言の自己成就をいいイメージで利用する

予言の自己成就をいいイメージで利用する

 女性の皆さんは女であることにいいイメージと悪いイメージどちらを持っていますか?
 私はどちらかというと、悪いイメージのほうが多かったです。

 私は小学生低学年の頃にすでに自分のセクシャリティに気が付いていたので、その頃からすでに結婚はあきらめていました。専業主婦という選択肢もそれとともに消え、割と幼いころから自分の食い扶持を自分で稼ぐことを考えはじめました。
 そのほかに私があきらめたものは、「可愛い」や「きれい」を追求することでした。働いていくためには男社会で性的な対象とみられるより仲間として認めてもらう必要があると考えたことと、「可愛い」や「きれい」のために時間とエネルギーを費やすよりいかに生きるかを考えたほうが良いと思ったからでした。もう一つ、女性らしい女性が好きだったので、自分は男役をやらなければならないと思い込んでいたこともあります。

 「女は馬鹿で可愛いほうがいい」「生意気な女は可愛くない」
とどこかで聞いて、女であることと賢いことは相反することだと思っていたし、愛されることと自立していることは両立しないと思っていました。
 「女は馬鹿で可愛いほうがいい」「生意気な女は可愛くない」
というのは男性の側からだけの意見のようですが、女性の側からも聞くことがありました。
 「結婚できないのは可愛げがないから」「どうせ男ほどには稼げないんだし、結婚したほうが得」

 私が高校生だった1986年に施行された男女雇用機会均等法のおかげで、女性でも総合職を希望することができるようになりました。それまではたとえ大学に進学したとしても、女性の大半は結婚までの腰掛として、むしろ大学へ進学すれば大企業で結婚相手を見つけられるから進学して就職して、毎日会社でお茶くみコピー取りしていました。
 道が拓かれてもまだ一般職を希望する女性が多かったのは、いい条件の結婚ができるようにと育てられてきたし、マインドセットがキャリア中心ではなかったから、急に自由になっても待ち構えていたわけでもなければすぐには変わらないということだったのでしょう。
 だから当時も結婚は女性にとって就職と同じ意味を持っていました。

 私は男性に可愛いと思ってもらう必要がなかったので、その時間とエネルギーを自立することに使いました。でも私が好きになった女性は男性と結婚することを目指して育ったので、精神的にも経済的にも自立はしていませんでした。働くことに興味がなかったように思います。自分一人でも生活費を稼ぎだすのは大変なのに、養わなければならないなんて大変なことになったなと思ったのが二十歳のころです。残念ながら養うこともそれほどなく終わった恋でしたが(笑)

 時代が変わって、今はたくさんの女性がきれいも可愛いもあきらめず、結婚も子育てもあきらめないで働いています。
 2016年9月のForbes Japanに載っている『世界で闘う「日本の女性」55』の皆さんは本当に美しくて素敵な女性ばかりです。
 今では同性でも結婚ができる国があって、どちらかが男役をしなくてよくなったし、同性のカップルが里子をとることもできるようになってきました。若いレズビアンカップルには子供を産んで育てている子たちも出てきました。
 こうなってくると、私は誰が言ったのかわからない言葉に踊らされ、周りにそういう人がいないという理由で弱気になって、恐ろしく早いうちから「好き」をあきらめてしまったけれど、何にもあきらめなくてよかったのではないか?と思うのです。

 社会学者のR・K・マートンによる「予言の自己成就」という概念があります。これはデマや噂を人々が信じて行動することで、それが現実になるという現象のことです。

 この概念で私が強調したいポイントは

「予言が当たる」から現実になるのではなく
「人々が信じて行動する」から現実になる

というところです。しかも、信じて行動するならば根拠のないデマや噂でも実現するのです。

 このWE GiRLs CANの活動は若い私があきらめてしまった色々を取り戻す活動でもあります。

「可愛い」も「きれい」もあきらめず、社会貢献も事業性もあきらめず。

 資金がないことも経験がないことも年齢も学歴がないことも女であることもレズビアンであることも、マイナスにならないことを私が私に実現して見せてあげたいのです。

 でももし、これが「私が私に見せたい」というためだけだったらここまで勇気を出すことはできなかったと思います。かつての私が「ロールモデルがない」から考えもつかなかったのであれば、私がロールモデルとしていろんなことが可能だということを女の子たちに見せてあげたいのです。何十年、何百年かかるかもしれなくても、未来の女の子たちのためにも、今、道を切り拓くという使命感を感じているのです。